カッキーの忘備録

カッキーが日々アンテナにキャッチしたあれこれや思ったことを書いています

「テロの時代に「家族」をどうアップデートするか」で印象に残った箇所

あずまんのインタビュー記事

東浩紀よ、どこへ行く」
テロの時代に「家族」をどうアップデートするか
2017年5月4日

cakes.mu

 

「人間はひとりで死ぬ」のは確かに事実だけど、同時にそもそも「人間はひとりでは生まれることができない」のも事実だよね、という話をしています。「家族の哲学」はそこから出てくる。
 これを別の観点で「政治的に正しく」言えば、「死ぬ」観点から始まる実存主義にはジェンダーの話がないけれど、「生まれる」観点から始まる哲学にはジェンダーの話が必ず入るはずです。ジェンダーというか、生殖ですね。

 

 

 公(おおやけ)に社会的責任をまっとうして生きている自分と、一方で私的に自堕落で欲求にまみれた自分がいるわけじゃない。本当は両面とも同じ人間なわけです。

 


そのような偶然性、ぼくの言葉で言えば「誤配」が、社会のダイナミズムを支えていると考える。

 

 

ぼくたちがもし神だったら、べつに偶然はいらないわけですよ。すべてを見渡せるんだから。
 ぼくたちは「たまたま」ここにいる。ぼくたちがこの時代にこの国に生きていることにはなんの必然性もなく、すべて偶然である。そのようなぼくたちの有限性によって、はじめて社会が生み出され、自由が生み出されている。だから、人間の自由はぼくたちが人間で、動物を超えているからもたらされているわけではない。逆にぼくたちが動物だからこそ自由は可能になっているんだ、というのがぼくの議論なわけです。